和歌山城石垣の刻印 [その他]
お城に石垣は付きものですが、当方が毎日の散歩コースにしている和歌山城の石垣の石に
それぞれ違った模様の刻印が見受けられます。写真2枚目に現地の説明文の標識も入れて
おきますが文字が小さく読みづらいと思いますのでその概要を記しておきます。
「和歌山城石垣の刻印について」説明文標識の概要」
和歌山城の石垣のうち2,110個に刻印があることがわかっています。場所は天守閣へ
の裏坂登り口、新裏坂登り口周辺に集中しています。刻印のデザインは40種以上が確認
されており家紋やその省略文字、方位や日付、人名と思われるものもあるそうです。
石垣の刻印は全国的には慶長(1596~1615)から寛永(1624~1644)期に築かれたものに
多く見られるそうですが何のために刻印されたか、石材所有者の表示、石質チェック、鬼
門除けなど諸説がありはっきり分っていないそうです。
和歌山城石垣の刻印は和泉砂岩に限られており浅野家が城主だった時代(1600~1619)に
修築された石垣にしか使われていないことから、浅野家の家臣が主家の城普請に協力した
しるしとして刻印されたと考えられています。
↑ 石垣刻印の主なもの (説明標識)
↑ 石垣の刻印説明標識
↑ 新裏坂付近の石垣
↑ 裏坂付近の石垣
以下、石垣の刻印で歩いていて人の高さ以下ですぐ目についた主なものです。
↑ 和歌山城天守閣